江戸時代の郷土の篤信者の寄進になる西 国三十三観世音菩薩の御分身がまつられ, 明治の終わりには、檀信徒が眼疾に悩み 京都長岡の柳谷観音に参籠して、全快 の霊験を得た因縁により、その柳谷の 千手観音菩薩の御としてもあらたかで, 現在美濃西国第三番札所として遠近よ り参詣があります。